Beautiful Wild Soul

東京で働いていたところから、偶然、馬を知り仕事を辞め馬を追いかけ点々とする日々に。東京(12年)→与那国島(1年)→カナダ(半年)→北海道(3か月)→St Vincentへ!(今ココ)Liberty Trainingを学ぶため馬の学校の研修生に。#LibertyTraining #CarolynResnickMethod #StVincent #HorseSchool #WorkingStudent

St Vincent! Day 130

ここに来てすごく、びっくりしたことの一つに、馬がいつも人と何かしたいと思っていることだった。

ここに来る前は馬と何かしようとするとき、馬の集中力がきれていつも「もっと集中して!」みたいなことを馬に言っていたような気がする。

ここの馬は違う。集中力どころか、いつも何をするの!?って感じでこっちを見ている。馬がいつも人と一緒に何かしたいっていう気持ちを持っているって本当にすごいことだと思う。

 

どうしたら、そういう馬になるのか?

 

馬は楽しみたいと思っている。

楽しいことがしたいと思っている。

 

馬にとって楽しいように仕組むことが大切だ。だからここでやっていることはすべて、トレーニングではなく、ゲームだ。

 

どうやったら馬にとって楽しくなるのか。

 

例えばロープを使わずにフリーの馬とcompanion walkingがしたいとする。放牧地の中でいろんな場所にグワバやマンゴーを隠しておいて、そこまでロープを使わずに馬を連れていく。これは群れのリーダーが群れを、食べ物のある場所まで連れていく行為をミミックしている。ついてきたらおいしいものが食べられる。馬はすぐにゲームを理解して、自らゲームしようとする。

 

ゲームとご褒美。これがwaterholl ritualsでは使われる。

そして、人の馬とのかかわりを心の底から楽しむ姿勢。これがまず一番最初にないと何も始まらない。

その瞬間、その時を馬と100%一緒に楽しむ姿勢。

ゲームとご褒美で馬の楽しみたい積極的な気持ちを引き出し、ご褒美があることで、いつもポジティブな印象を残して終わることができる。飽きたり、つまらなくならないよう、いつも工夫が必要だ。同じことの繰り返しは、つまらない。

馬との会話し、dialogとflexibilityはいつも必要だ。

 

https://www.instagram.com/p/BfS4XY9AJ5i/

Instagram post by Yukie • Feb 17, 2018 at 10:48am UTC

 

Instagram post by Yukie • Feb 16, 2018 at 1:31pm UTC

広告を非表示にする

St Vincent! Day 125

馬に乗らないとしたら、馬を活かすどんな方法があるか。

私がここで、見た方法は以下の通り。

 

①スティナが馬を使って、馬の言葉やトレーニング法を教えている。

例えば、ごく一般の人で、馬を見ると突然近づいて唐突に馬の顔や体を触ろうとする人がいるけど、そういうことは馬にとってどういう意味があるのか、私たちのやりたい方法でコミュニケーションしようとするんじゃなくて、馬の言葉で馬のやり方で馬と接しようというメッセージを伝えている。

そういうことを伝える時、馬はただそこにいて、いつもの”馬であること”が仕事である。

他にも私のような馬を学びたい人にworking studentのポジションがあったり、私も受講したhorse clinicでもっと本格的なトレーニング方法(Carolyn Resnic Method, Waterhole Ritualsのこと)を教えている。スティナのhorse clinicは安い値段ではないし、彼女はそこで収入を得ることで馬を飼い続けるコストを賄うことができる。(ここではクリニックについていろいろ書けないけど、絶対その費用を払う価値のあるクリニックだったと思っている。)

その際も馬はいつもの”馬であること”が仕事である。

 

②スティナがガイドし、馬が見せてくれたまったく新しい別の世界。

なぜか、馬と同じ空間を長い時間共有すると、馬の見ている世界を馬の視点で感じることができるようになる。

人間が見ている世界じゃなくて、馬の見ている世界を、感じること。

今、この瞬間を生きるとはどういうことか。

馬が自然に引き寄せられる特質はどういうものか。

個々の馬じゃなくて、群れやその他の自然や人間やもっと広い世界が互いにすべてつながっていることを感じる。

言葉で表現するのがとても難しいけど、私はそういうことを馬と一緒にいることでポジティブに感じることができた。

英語だとawarenessとかconciousnessとかいうけど、馬がそういう感性とか意識を高める役割を果たしてくれたんだと思う。

ここでも馬はただ馬であることで、私に教えてくれた。

 

③本当の私自身であること、本当の私自身を取り戻すこと。

社会の中で生きているといろんなプレッシャーを感じて生きている。家族が友達が私にこうしてほしいと思っている。こういう女性が美しいから、こうであるべきだ。結婚し、子供を持つべきだ。。。。。

そういう中で暮らしていると、恐ろしいけれど、無意識的にそういうプレッシャーの影響を受け自分自身がゆがめられていくんだと思う。いつの間にか本当の自分、自分自身の中の少女のような自由な自分がいなくなってしまう。

私はここに来て、スティナの中に少女の姿をみた。彼女がAyitiについてわくわくしながら話すのを聞いていると、文字通り目の前の彼女の顔にオーバーラップして、小さな少女の顔が見えた。スティナは彼女の中に自由な少女がいる。本当の自由な彼女だ。

自由でワクワクして、楽しんでいる少女のような彼女自身。

同じ姿を私は彼女が馬と一緒にダンスしているときに見た。リバティで馬と踊っている時。馬は普段見せることのない爆発するようなエネルギーを放出していて、楽しんでいた。そういう馬と一緒に楽しんでいるスティナは、最高にワクワクしていて、少女のような彼女自身以外の何物でもないと思う。

そういうものを目の前で見る時、鳥肌が立つような感覚だ。最高に美しいものを見た。

私は、自分の中の子供のような私自身を取り戻したいと思っている。

いつか、私が自分の馬を飼い、長い時間を共有するとき、その馬が私に本当の私自身を取り戻す手助けをしてくれるんじゃないかと思っている。

 

④草を食べてくれることで、放牧地やRVAの中をきれいに保ち、馬のボロはパーマカルチャーのオーガニックガーデンの肥料となる。

 

馬を世話することで、心と体が健康になる。

どうということでもないかもしれないけど、実はこれはものすごいことじゃないかなと思う。私はここで、本当にハッピーな時間を過ごすことができた。馬を世話する人は、馬を引いて歩かなければいけないし、水を運んだり、餌を運んだり、とにかく動かなければいけない。ここは島で、何をするにも人力だ。機械や車なんて使えない。

ここにいる学生はほとんどヨーロッパなどから来ていて、彼らはエクササイズが大好きだと知ったが、私は一切エクササイズせず(私はエクササイズ大嫌い)、でもだれよりも運動している自信があった。馬を世話しているから。

体を動かすと、心もなぜか健康になる。

馬は人に、そういうポジティブな影響を与えてくれる役割を果たしている。

 

⑤馬がいる光景はただただ、美しい。

そう思うのは私だけではないはず!

 

⑥馬と時間を過ごすことは単純に楽しい。

馬は乗るだけじゃなくて、馬と過ごすそういう楽しさを、人に伝えること。

 

馬がただ”馬であること”で、人に教えることができるものはたくさんあるんだと思う。そういう方法で、乗る以外に馬を活用することができる。

私はこれからも、乗る以外の馬の活用方法について探していくんだと思う。

 

 

広告を非表示にする

St Vincent! Day 121

ここで、馬を世話していると、よく「なぜ、馬に乗らないの?」と聞かれる。

ここでもやっぱり、「馬=乗る」の認識は当たり前だなと思う。

ここでは馬に乗らない。

だけど、だからこそ、私はここに来たいと思った。

 

今の馬の世界は、乗ることがメインストリームだと思う。

乗るのは楽しいし、私も乗りたいと思っている。

だけど、馬に乗らないとしたら、どんな可能性があるのか、私はいつも探っていた。乗る以外で、馬を活かして、ともに生きるためには、どうすればいいのか。

乗らなくても、人間が馬と一緒に生きていきたい時、どうすればいいのか。

どんな方法があるのか。

20年、30年生きる大型動物を飼うのは、大変だ。

それでも、乗る以外で、一緒に生きる方法があるとしたら、どういうものがあるんだろう。

 

スティナは(私の馬の先生)それを見せてくれるような気がした。

ここでは乗馬がないのを私は来る前から知っていた。

だからこそ、乗る以外の馬の魅力や活かす方法を彼女が知っているような気がしたし、乗らないからこそ余計に、なぜ乗らないのか、彼女に聞いてみたかった。

私が最初に彼女に惹かれたのは、彼女のYouTubeの動画を見たから。

↓コレ。

 

www.youtube.com

 

丸馬場で右に回したり、左に回したりするのとは全然違っていた。びっくりした。

まず、群れから1頭だけ連れ出さない。群れがいるその場で、やっている。

広いスペースがあって、ロープもかかっていない。馬は完璧にフリーだ。

そこにいるのも、去るのも、馬が選ぶことができる状況で、馬が参加することを自ら望んでいる。

馬と彼女との会話や馬同士の会話やいろんなやり取りが常にそこにあって、臨機応変な感じ、丸馬場より格段に生き生きしていて、馬の参加したい気持ち、馬の楽しんでいる気持ち、自然なところ、いろんなことがうまく言葉では表現できないけど、私にはこれは何なんだ!?と思ったし、すごく感動した。。他の動画でこういうことをやっている人を見たことがなかった。どうやったらこういうことができるんだろうって思っていた。

 

そこからブログを読んだり、他の動画を見るようになって、実はこの馬たちはレスキューされた馬だったということを知った。↓コレ

www.youtube.com

 

でも彼女は、そういう「かわいそう」なストーリーを全面に出して注目を集めようと決してしていなかったし、いつもポジティブで楽しい馬を見せてくれていた。それは彼女自身がそういう目線を持っているからだと思ったし、すごくヘルシーな気がした。日本にいる時から、そういう彼女にすごくインスパイアされていたし、何年も動画を見ていた。

 

 

広告を非表示にする

St Vincent! Day 120

私がここ、St Vincentにやってきたのは、ここに私の好きな調教師が住んでいたから。彼女のやっていることにインスパイアされていたし、馬について学ぶなら、他の誰でもない彼女から学びたいずっと思っていたから。

 

あなたから馬を学びたいと言って、受け入れられたときには本当にうれしかった。私の憧れの人だったから。

住むところも、St Vincentがどこかもいまいちよくわかっていなかった。

そしたら、彼女は、Richmond Vale Academyという環境問題や貧困問題を教える学校の校長のようなポジションの人で、私の滞在先はこの学校ということを知った。

↓詳細はここ。

richmondvale.org/

そこには、世界中からたくさんの若者が気候変動や貧困問題を学びに来ていて、生まれて初めて、たくさんの違う国の人と一緒に3食を共にし、一緒に遊び、働く生活になった。ヴィンセンチアンの知り合いもたくさんできた。

 

カリブ海のソカとレゲエ、綺麗な山と海、貧しいけれど愉快な島の生活は、当初の私には何の想像もできないほど未知のものだった。だけど、今や、ローカルの人と同じように、なたを持ち歩き、島の道を歩く生活になった。

 

ただただ、馬をやりたくて、なぜか、St Vincentに来ることになって、なぜか世界中の人と一緒に暮らすことになって、なぜかヴィンセンチアンの友達の車に乗せてもらい一緒に今週末も島を探索しに行くことになった。

馬はたくさんのドアを開いて見せてくれる。

たまになぜ私が今ここにいるんだろう、と不思議になる。

 

馬が私をここに連れてきた。私は本当にラッキーだったと思うし、ここに来れてよかったと思う。

 

 

#ayiti#kadoo

広告を非表示にする

St Vincent! Day 113

今日、Ayitiとその群れを別の放牧地に移動させた。

Richmond vale academyには歩いて行ける距離にいくつかの放牧地があって、馬はその放牧地を移動したり、しなかったり。

今日は馬を移動させようとAyiti用のリードと群れの他の2頭(ElenaとMagic)の無口2つをもって、放牧地に行った。Ayitiは、最初からまっすぐ私を見ていて、一緒に行ったフラン(オランダ出身、馬の調教師)とベティナ(スイス出身、削蹄師)には目もくれず、すぐに放牧地を移動することを理解した顔をしていた。

いまだにAyitiは首ロープがついたままになっていて、というのもAyitiにはまだ無口がつけられないので、Ayitiを捕まえられるように長さ50chほどのロープがいつも首からつりさがった状態になっている。そのロープに私の持ってきたリードをフックでとめて、Kadoo(Ayitiの子 生後4か月)はフリーで全員で放牧地を移動した。

 

すべては、あまりに自然で、楽しく、新しい放牧地に着いて目をくるくるさせているAyitiを見るのも楽しかった。

 

4頭の群れを移動させるという単純なことが、本当に楽しかった。

 

リードをもって近づいてくる私を見て、Ayitiは一瞬ですべて理解した顔をしていた。

ゲートの前に立っているAyitiにどいてと「Step back」と声をかけると今までトレーニングしたことはたぶん数回しかないと思うけど、どいてくれた。

Ayitiの首ロープにリードを引っかける時、逃げる時があるためいつもは餌でつっているんだが、今日は餌なしでなんの問題もなく、首ロープにリードをつけることができた。

ゲートの内側で、フラン(オランダ出身、馬の調教師)とベティナ(スイス出身、削蹄師)がエレナとマジックにホルター(無口)を着けている時、Ayitiが群れで一番強いため、彼女の位置がほかの馬に近づきすぎないように彼女に「こっちに来て」と移動の指示をしたりしていたがすべての指示に素直に従っていた。

一緒に歩いているときは、落ち着いていて、道草することもほとんどなく、道草したとしても、自らすぐにやめてついてきた。

Ayitiを放牧地の外でリードを使って引いたことは何回かあったけど、いつも彼女は自分の好きなところを歩いていて(今の段階でそれはそれでいいと思う。ついてきてくれさえすれば。)、リードもかなり長くとっていた。それが今日初めて肩と肩を並べて一緒に歩いている瞬間があって、少し心の中で感動していた。

彼女にとっては真新しい、来たことにない放牧地に到着してからも、比較的落ち着いていてリードのフックを外すときも静かにしていた。

 

いくつかのことは、トレーニングなんか必要ないんじゃないかと思った。

馬はいろんな状況を理解していて、トレーニングなんかしなくても、その状況が自分にとってハッピーなものになることが分かれば、自ら協力してくれる。

 

今日の移動がまったくスムーズで楽しいものだったのにはいくつかの理由があると思った。

 

●自身の心が落ち着いていて、楽しい気持ちだったこと。

  私にとっては何度も通った道だし、一緒に馬を引いてくれたフランとベティナが

  馬のプロで信頼することができたこと。

  絶対にうまくいく自信とポジティブな気持ちが私の中に最初からあったこと。

 

●彼女自身が放牧地を移動したいと思っていた。彼女はこれから何をするか理解していた。

  何かを馬と一緒にやろうとするとき(使いたくない言葉だが、「トレーニングしようとするとき、」)馬の意図に沿うように計画すること。馬は状況を理解すれば、自ら協力してくれる。馬に何かを教える必要なんてない。彼らは、自らやってくれる。Ayitiは今日、トレーニングしたことのほとんどないことを自らやってくれた。

彼らが自らやってくれることはトレーニングのようでいて、トレーニングなんかじゃない。

 

●群れの力。他の馬が教えている。

 Ayitiにとって今日通った道は初めての道で、初めての放牧地だったはずだが、他の2頭(ElenaとMagic)にとっては今日の道も放牧地も、良く知っているものだった。だからこの2頭は、落ち着いていた。今日、彼女は文字通り、Elenaの後ろを歩いていた。彼女はElenaやMagicから、ここでの生活のほとんどのことを学んでいるんだと思う。

 

 

広告を非表示にする

St Vincent! Day 112

足を怪我する前、Ayitiと私は何となく、うまくいっていなかった。

足を怪我して歩けなくなって、私の中から馬に何かしようとか馬から何か得ようという意図がまったくなくなったんだと思う。私は放牧地の隣の日陰に座って本を読むくらいしかできなくなった。もう本当に何もできなかった。

そしたらAyitiが自ら私のそばに来て、挨拶したり、ただそこに佇んでいた。すごく自然だった。

けがの前のぎくしゃくしていた私とAyitiとの関係は、想像できないくらい自然だった。

 

馬から何かを手に入れようとしている間は、決して何も起こらなかったし、ただ空回りするばかりだったけど、私の心が空っぽになった瞬間、Ayitiはすぐに反応していたと思う。そして自然に起こるものなんだなと思った。私が欲しいものは手に入れるんじゃなくて、自然に与えられる。

 

 

Unexpected Visitors again! Looks they like here and wanna be with our ladies and little one. So they are together! Look how fierce they are!

 

 

広告を非表示にする

St Vincent! Day 109

パフォーマンスをしたいわけじゃなくて、こういう関係になれたらいいな。

 

vimeo.com

 

vimeo.com

広告を非表示にする